2 FELIXという器 ― 問いのための居場所

昼過ぎ、商店街を抜けた先にある古い公民館の二階。窓から差し込む光が、長机の上に柔らかな影を落としていた。集まったのは、地元で活動する十数人の人たち。誰もが昨日や今朝、自分の暮らしの中で見つけた“小さな問い”を持ち寄ってきている。

机の上には、色とりどりの付箋やカード、マーカーが並んでいた。

「信号の間隔」「空き店舗」「会話の繰り返し」

昨日、観察者がノートに書いたあの芽も、その中にある。だが、ただ机の上に置いただけでは、この芽は簡単に風にさらわれてしまう。否定や無関心、あるいは日常の忙しさが、その存在を消してしまうのだ。


器という発想

「だから、場所が必要なんです」

集まりの中で、一人がそう口にした。

「この問いを守る“器”のような場所が」

その言葉に、場の空気が少し変わった。器 ― それは単なる物理的な箱や会議室ではない。ここでいう器とは、問いを安全に置き、必要なだけそこに留めておける環境そのものだ。

器の役割は二つ。ひとつは保護。外からの急な批判や即断を避け、問いがまだ未完成であることを許す。もうひとつは発酵。外の視点や異なる背景の人との出会いを通して、問いを少しずつ育てる。

守りすぎれば閉じこもりになり、開きすぎれば問いの形が崩れる。その絶妙なバランスを保つことこそが、器の存在意義だ。


五つの柱

やがて、この器を支えるための五つの柱が話し合いの中から立ち上がった。

  1. Fairness(公正)
     大きな声も小さな声も、等しく置かれる。
     立場や肩書きが、問いの重さを左右しない。
  2. Empathy(共感)
     数値や事実の裏にある感情や背景を大切にする。
     同意ではなく、理解する姿勢が重視される。
  3. Liberty(自由)
     どんな形の問いでも置くことができる。
     制約は、互いの尊厳を守るために必要な最小限にとどめる。
  4. Independence(自治)
     自ら問いを選び、育てる主体であること。
     他者に委ねすぎず、責任を持って関わる。
  5. Xenocracy(革新的統治)
     外からの新しい知や技術、とくにAIを安全に取り込む柔軟さを持つ。

この五つは、壁に貼られたわけではない。場に集う人たちの態度ややり取りの中に、少しずつ染み込んでいった。


形のない器

FELIXの器は、固定された場所を持たない。オンラインでも、野外でも、公民館でも、器の“条件”さえ満たされればそこに立ち上がる。境界線が見えないからこそ、参加者の意識と作法が器を形づくる。

この日も、誰かが問いを語り始めると、他の人はメモを取りながら耳を傾けた。意見を挟む前に、その問いが生まれた背景や状況を確かめる。そのやりとり自体が、器の壁や床を組み上げていくようだった。


器の初仕事

「この信号の間隔、誰が決めてるんでしょうね」

商店街の店主が呟くと、元自治会長が「市役所の交通課だろうね」と答える。そこから話は、通学路の安全、バスの運行、近隣の工場のシフト時間へと広がった。

問いは、器の中で別の問いと触れ、少し形を変える。それでも、元の芽は失われない。むしろ根を張り、枝を伸ばすように、つながりを増やしていく。


次の準備

集まりの最後、器の図がホワイトボードに描かれた。中央に「問い」があり、その周りを五つの柱が支える。

「これで、この場はどこでも再現できる」と

誰かが言った。器の存在は、これから生まれる無数の問いに居場所を与えるだろう。

次章では、この器の中で問いがどのように形づくられ、他者とつながっていくのか ー WINEという道具が登場する。それは問いを守るだけでなく、育て、橋をかけるための四つの所作だ。

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