0 (06) ひとりの放課後
友達と遊ぶ楽しさを知りつつも、彼女には自分だけの静かな時間が必要だった。誰かと一緒にいることで心が温まる一方で、静かな孤独の中でしか整理できない思いもある。人と交流することで得られる心地よい充実感と、自分の内側に潜ることでしか得られない安定感。その両方を必要としている自分に、澪は少しずつ気づき始めていた。
学校が終わると、澪はランドセルを背負ったまま羽束川へと向かう。季節は秋に差しかかり、川の流れは夏よりも澄んで冷たく、空はどこまでも高く広がっていた。柔らかな風が頬を撫で、川辺の草を揺らす。友達の声がまだ校庭の方から聞こえてくるが、川に近づくにつれて、それは小さく遠ざかっていった。
川のほとりに腰を下ろし、本を取り出す。ページを一枚めくるたびに、物語の世界が目の前に広がり、現実のざわめきが静かに消えていく。澪にとって、この時間は日常の小さな悩みや心のもやもやを解きほぐしてくれる貴重なひとときだった。水のせせらぎを聞きながら読書に没頭すると、自分の呼吸も自然に落ち着き、心が澄んでいくのを感じた。
しばらくすると、遠くで遊んでいる友達の笑い声が風に乗って届いた。澪は一瞬、本から目を離し、川向こうの空を見上げた。自分もその輪に加わりたい気持ちがまったくないわけではなかった。けれど、今は一人で川と本に向き合う時間を選んでいる。ほんの少し胸が揺れ動くその感覚も、また澪の中では大切な学びになっていた。
やがて本を閉じると、澪は川面を見つめながら、ぼんやりと考え始めた。友達との交流を深める中で感じる喜びと、自分の静かな時間を守ることで得られる落ち着き。その両方を抱えながら、自分はこれからどう変わっていくのだろうか。川の流れは問いかけに応えるように、ただ一定のリズムを保って流れ続けていた。
「自分はこのままでいいのかな?」
小さく呟いた声は、水音に紛れて消えていく。だがその疑問は、確かに澪の胸の中で響き続けていた。答えはまだ見えていない。けれど、今はそれでいい。焦る必要はないと、澪は川を眺めながら静かに思った。
太陽が西に傾き始めると、川面は黄金色に染まり、風に揺れる水草までもが柔らかい光に包まれていった。澪は立ち上がり、ランドセルを背負い直す。帰り道の影は長く伸び、夕日が背中を温めてくれる。歩きながら、今日もまた自分らしくいられたことに小さな満足感を覚えていた。
ひとりの放課後は澪にとって、ただの孤独ではなかった。それは自分自身を深く理解し、心のバランスを整えるためのかけがえのない時間だった。明日もまた友達と遊ぶかもしれない。けれど同時に、川辺で一人静かに過ごすことも選ぶだろう。両方を抱えながら、澪は少しずつ、自分らしいペースで成長していく道を歩み始めていた。